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吉田満の大和
平成18年4月2日日曜日 くもりのち雨(一時強い雨) ○
今、発売されている週刊新潮(四月六日号)に「掲示板」というコーナーがあり、今回その中に女優の坂本和子さんという方があの「戦艦大和ノ最後」(吉田満著)の朗読会を開くそうです。坂本氏は「一読、身も心も震え上がった」そうですが、どこの部分でそう思ったのでしょう。あの日本大嫌い、支那、朝鮮大好きの朝日新聞が天声人語(平成一七年四月七日)で引用した「ココニ艇指揮及ビ乗組下士官、用意ノ日本刀ノ鞘ヲ払ヒ、犇メク腕ヲ、手首ヨリバツサ、バツサと斬リ捨テ、マタハ足蹴ニカケテ突キ落トス・・・・今生ノ地獄絵ナリ」
という箇所でしょうか。(朝日新聞は駆逐艦初霜に救出された砲術士よりの伝聞ということを書いていません)
何度も書かれていることですが、産経新聞十七年六月二〇日に、その初霜の救助艇艇長だった松井一彦元海軍中尉が、「手首切り」は記述は事実無根と証言し、文芸春秋平成一七年八月号にも「『戦艦大和ノ最後』六十年目の証言」という吉田満および朝日新聞の天声人語への反論を発表しています。
内容は
・初霜は巡洋艦矢矧の救助を担当。
・浮遊物につかまってまっていた生存者はただ静かに順番を待っていた。
・救助時には敵機の攻撃もなく、生存者が先を争って助けを求める状況ではなかった。
・生存者は非常に秩序だって行動していた。
・海軍士官が軍刀を携行することはありえない。ましてや救助艇には持ち込まない。
・松井氏自身も重い軍刀を持って狭い救助艇に乗るような愚をしなかった。
・重油で滑る船ばたに立って軍刀を振り回したら、バランスを崩して自分の足を切りかねない。また、転落の恐れもある。
それよりはるか以前の一九六七年に松井氏は吉田氏に質問状をだし、それに対して吉田氏は「二十二年前の出来事であり、どこまでが物理的事実であったか、それは何びとにも明らかではないでしょう」「あのようなことがありうるのが現代の戦争の特質であり、それが個人の良心や責任を超えた非情のものであることを描いた点で拙作の一つの意味があったと考えています」
と無責任にも物理的事実の探究ではないと返答してきたそうです。
坂本氏には、このような作品のイメージに流されずに朗読会をやってほしいものです。